中学生になっても小学生時代と同じオナニーを続けていたが、ある日、転機が訪れた。精通があったのだ。
たぶん、中学1年生の始め頃だったと思う。いつもどおり下半身を布団にこすり付けていると、ペニスの辺りにおかしな感覚があった。 パンツを脱いで見ると、白い液体がついていた。 一瞬驚いたが、すぐに「家庭の医学」で読んだ知識を思い出した。男性はこういう風になるのだ。初めてティッシュを使って精液を拭いた。 なぜか、特段の感想はなかった。ああ、そういえば、こんなことが本に書いてあったなと思っただけである。 女の子が初潮のときに赤飯を炊いてもらうのとは随分違う。 男になるというのは、全くの個人的な出来事だった。 中学生になって以来、私の性に関する知識は豊富になり、セックスという概念も同級生の間でしばしば話題に上った。車雑誌に載っていた一枚だけのヌード写真を、同級生でまわし見した。 中学一年生のときに、初めて女の子とデートをした。相手も同じクラスの中学生だ。唇だけのキスもしてみた。しかし、それ以上の行為には至らなかった。服を着たまま抱き合ったことはあったが、胸を触ることはなかった。 私の「性」は、目の前の女の子を対象にしたものではなかったのだ。 同級生の女の子とデートすることと、オナニーやセックスなど性感を楽しむための行為は、私にとっては別の次元に属するものだった。 私の「性」は、あくまで下半身を布団にこすり付ける行為であり、その行為だけで完結していたのだ。 |
当時の中学生は今と違ってかなりおくてだった。中学2年生になって、初めて中学生向けの性知識に関する本を何冊か読み、私は衝撃を受けた。
そこには、オナニーの方法として下半身を布団にこすりつける行為が紹介されていたが、この方法に対して著者は批判的であった。 「布団にこすり付けるオナニーはペニスへの刺激の性質がセックスとは違うので、続けているとセックスで射精できなくなる」、とその著者は書いていた。 これを読んで怖ろしくなった中学生の私は、より一般的なオナニーに切り替えることにした。つまり、手でペニスを掴んで上下にこする方法である。 しかし、この方法では気持ちよくなれなかった。 この頃、私はすでに小学生時代の「みじめな感じ」という言い方をやめ、オナニーによって得られる身体感覚を、はっきり性感として理解していた。また、射精でオナニーを終える習慣も付いていた。しかし、手でこするオナニーでは射精できなかった。 結局、普段はペニスを布団にこすり付けるオナニーを続けながら、ときどき手でこするオナニーを練習することにした。 手でこするオナニーの利点は本を見ながらできることである。私は始めてエロ本を買った。写真が多い本は買うのが恥ずかしかったので、エロ小説の月刊誌を買い、それを読みながらオナニーの練習をした。 エロ本を見ながらのオナニーは、私に意外な効用をもたらした。オナニーのときに、女性とのセックスを想像する習慣ができたのだ。 小学生時代からの女の子に虐められる想像のかわりに、女の子の膣にペニスを挿入する場面を想像するようになった。エロ小説を読みながらのオナニーは、私にとって一種のイメージトレーニングになった。 また、練習の成果があって、手でこするオナニーでも性感を得ることができるようになり、やがては射精も可能となった。 中学2年生の中頃、やっと私は小学生時代からのオナニー、つまり、 同級生の女の子に虐められることを想像しながらペニスを布団にこすり付けるという習慣から脱却できた。 |
オナニーのときに女性とのセックスを想像するようになってから、私の興味は当然のごとく女性の性器に向かった。
当時の私は、生身の女性の性器はもちろん、無修正の写真を見たこともなかったので、女性の性器が具体的にどのような形をしているのか知らなかった。 私の女性の性器に対する興味はつのるばかりであった。 ある日、自宅近くのスーパーマーケットに入った際、トイレに行きたくなった。 その店のトイレは男女共用だった。個室に入ると、壁際にフタのある缶が置いてあった。いわゆる汚物入だ。 私は、おそるおそる汚物入のふたを持ち上げてみた。中には、血の付いた白い紙の塊がたくさん押し込まれていた。そのうち幾つかはトイレットペーパーで包まれていたが、そのままの状態で押し込まれているものもあった。 どれも、つい先程まで女性の性器に密着していた物体である。あるいは、女性の性器に挿入されていた物体である。 女性の性器に対する興味が極限に達していた私は、これらの生理用品に興味を持った。はずかしい話だが、後日、ビニール袋を持参して、いくつか持ち帰った。 当初の計画では、使用済の生理用品をオナニーに使ってみるつもりだった。 使用済み生理用品を介して、自分のペニスを間接的に女性の性器に密着させることができると考えたのだ。 しかし、落ち着いてよく観察して見てみると、血液が付着したそのものは、やはり汚いもののように感じられた。結局、何の用途も見出せないまま、すべて公園のゴミ箱に捨ててしまった。 |
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